Category: culture

3 2月 2017

句集 柿日和

Posted by fische on 02/03 at 06:00 AM
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句集をいただく。わたしの貧しい書架にはじめて、句集がそなわった。

俳人は山口県岩国市由宇町におすまいの柿村新樹先生。1995年に展覧会「新博物館態勢」を名古屋でおこなった翌年、由宇町で藤山一雄の展覧会とわたしの講演会の実現に奔走された村田昭輔先生である。2006年、下関の梅光学院大学で講演したときは、由宇町で参加者を募り、バスをチャーターしておいでいただきもした。ふだんの往き来はなかったが、おととし旧年と、拙著をお送りしたことへのお返事だったと思う。

藤山一雄の原体験は生家から見えるその景色にあるのではないかとの旨、わたしが拙く申しあげたとき、村田先生はわたし以上によく理解してくださったように感じることがあった。そのゆえんを、句集のご恵贈でようやく知る。(いま言いなおせば、V字形の陸地の向こうに拓ける瀬戸内海が、幼少期の藤山一雄に、文字通り〈世界〉への希求をもたらしたのではないか、ということ。)

柿村先生は、鷹羽狩行先生のご門下との由。わたしには未知の体験にときめく。他人様の作品や、それに対する添削に接して愉しんできたが、詠み散らかしたものどもを集め返してみて、そのときどきのわたしを顧みてみようかしら。

これは第三句集。さきほど、古書だが、第二句集「島影」をネットで注文したところ。(つづく)

柿村新樹句集『柿日和』(かきびより) - ふらんす堂オンラインショップ

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24 5月 2012

「プレイスカラプチュア」

Posted by fische on 05/24 at 11:30 AM
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園のホームページに説明がある。

彫刻作品の園庭遊具
通称「スカラプチャー」、正式な名称は「プレイスカラプチュア」で「遊ぶことのできる彫刻作品」と訳すことができます。公園で良く見かけるコンクリート製の遊具ではなく寒水石(大理石の一種)で作られています。
このプレイスカラプチュアの制作者は故野々村一男先生で、日展にも数多く出品のある著名な彫刻家です。当時(略)縁のあった野々村先生が「何か子どもたちのためになるものを」と園に寄贈されました。
1959年(昭和34年)に野々村氏自ら大きな石を持ち込まれて園内で制作されその年の9月1日に完成、子どもたちは大喜びでした。古い写真を見るとこのプレイスカラプチュアで滑ったり、くぐったり、中には飛び降りたりと楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿が写っています。安全上から現在は滑り台の頂部に手すりが取付けられていますが、当時けがをする子どもはほとんどいなかったそうです。
以来、プレイスカラプチュアは野々村先生の子どもたちへの深い愛情とともに、現在も(略)シンボルとして子どもたちの元気な姿を見守っています。

そうした経緯を知るのは最近のこと。入園1年目に制作されていることになるが、その光景は覚えていない。そして3年間、いつもそこにあった。

思い出して、歌にしようとしていたとき、その温度を思い出す。

ビル街の
園庭で
冷たく白い
スカラプチャーで
遊んでいた
(「君がいた頃」)

近づいて、手のひらをあててみる。
まわりこむ。
小さな円窓からのぞく、行き止まりの空間に潜り込んだあの感じ! かたつむりの殻の奥のような・・・。

ちょうど50年前、ここを卒園した。

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21 4月 2008

キャッチャーボート

Posted by fische on 04/21 at 06:19 PM
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image対岸あるいは橋の上からいつも見えていた船。そちら側の岸をたまたま走っていたら、路地の向こうに見えた。よく見ると船首に「銃」のようなものがある。捕鯨船!! 象徴的な捕鯨砲!! むかし、小学校だったか、授業で習ったからか、見覚えあるかたち。調べると、捕鯨船「第一安丸」。網走の下道水産の船。こちらに記事がある。もう、海には出ていないらしい。

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20 2月 2008

1960年代末女子中学生アート

Posted by fische on 02/20 at 06:09 AM
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image11日の15時から17時は、稔り多き2時間だった。予定外のハロとの遭遇で、ほかのことがらがかすんだ感なきにしもあらずだが、きょうはそのもうひとつの話題。
私が通った中学校の校庭周囲のグリーンベルトに石膏製のオブジェがある。美術部の先輩で部長だった宮崎さんの作品を、美術部員(私も)が制作したもの。もとは3つ1組で、弧の内側の球形が、上側、横側、下側にそれぞれ位置する。宮崎さんによる最初の模型は、弧がもっと鋭利で三日月のようだった記憶がある。大きなオブジェも3つ作ってグリーンベルトに置いたが、現在はひとつしか残っていない。上側と横側に球形のあるものが失われていることになる。定かではないが、‘69年か‘70年の卒業記念だったとすれば、宮崎さんは1960年代末にこのオブジェを構想したことになる。ひとことで言えば、「1960年代末の女子中学生アート」。ちょっとすごい。何を象徴していたのだろう。顧問は吉川隆先生。

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考古学の風景

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