5 10月 2012

すべてが大人の世界だった。

Posted by fische on 10/05 at 07:35 PM
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きのう、地下鉄の一駅分、中央駅から彼のコンサート会場までを歩く。途中、そのビルのある交差点に出る。その写真を撮るのは無論、ていねいに見るのも初めてのこと。

写真の肉そば屋の場所に、かつて書店があり、ビルのオーナーが店主だった。考古学研究者の店主ゆえ、町の本屋には不相応に考古学関係の洋書、報告書が棚に列んでいた。「タイムマシン」に歌ったStar Carrの書があったのはここ。そして、最上階の塔屋にオーナーの事務所があり、そこに集まってはいろいろ議論する、書店の名前を冠したクラブがあった。このクラブはわたしには、いくつかあった結社のうちの重要なひとつであった。

小さな通りをはさんだ、南のビル1階の喫茶店はなくなっていた。当時は、休憩のタクシーの運転手で賑わっていたように憶えている。誘われて数回行ったが、精算時に店主は必ず領収書を求めていた。さらに喫茶店のビルの裏には駐車場があり、店主の車が置かれていた。高校1年、2年のわたしには、すべてが大人の世界だった。

40年前を想い起こし撮影した写真を見返したとき、70余年前が過ぎった。満洲帝国新京特別市の裕昌源ビル、そして入り口の写真には、甘粕正彦の大東協会が入っていた本城ビルの入り口(I-28「事務所前の博物館職員」『新博物館態勢 満洲国の博物館が戦後日本に伝えていること』名古屋市博物館、1995年、35頁)が。40年前から70余年前より、40年前から今日までの方が長い。当時の「大人の世界」の方が満洲国に近かったのである。

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