Category: homage
若くして亡くなった兵士よ。
Posted by fische on 07/10 at 02:44 PM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
昨年4月におとずれて、視線が合っていたように思った兵士像。帰宅してから写真を見て気づいたこと。そのときの写真は photonest に載せてある。しかし、オート機ゆえに、ピントは微妙に彼にあっていなかった。
そしてことし6月最後の日、たずねてみた。ひとりだけ、少し向きを違えて立っている。月ヶ丘の墓地にあったときは、このような状況ではなかったのだろう。ここに移って、由来もわからなくなってしまったか、若くして亡くなった兵士よ。
三回忌
Posted by fische on 08/03 at 09:25 PM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
そしてきょう三日は、一ノ谷天之助さんの三回忌。
おーい。
二十七回忌
Posted by fische on 08/02 at 09:05 AM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
岡本さん、二十七回忌。
遠くまで来てしまいました。
「八月はフレップの月」
Posted by fische on 08/01 at 07:28 PM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
“August, die she must”
八月になってしまいました。
神沢利子さんの「八月はフレップの月」(『あの木あの花ゆめの種子(たね)』)。
北川アイ子さんの登場する「八月はフレップの月」。
ここから生まれた「フレップの頃」。
フレップの頃
八月になると 私たち
とても嬉しくて ふわふわと
大地もとけだすよ体がうずうずと してくるの
草むらに坐りこみ 食べ飽きるまで
夢中になった夏フレップの頃に
あなたと野原へゆこう
唇もシャツも 黒紫に染めて
笑いあおう落葉松の林 帰り道
であった女の子 細い目が
きらきら光ってた手籠の中に 摘まれるものを
私は知っていた コケモモの
つややかな赤フレップの頃に
あの子と野原へゆこう
唇もシャツも 黒紫に染めて
笑いあおうフレップの頃に
もう一度野原へゆこう
唇もシャツも 黒紫に染めて
笑いあおう
あしたは岡本さんの祥月命日。
来月は、もう九月です。
追悼、本山政雄さん。
Posted by fische on 05/13 at 03:50 AM
(1) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
11日、本山政雄さんが98歳で他界した。
本山さんが名古屋市長だったのは、1973~1977年(1期)、1977~1981年(2期)、1981~1985年(3期)の12年。それまで市長といえば、水道局の杉戸さん一辺倒だったが、高校3年になったとき本山さんが登場する。浪人の2年間、そして名古屋を離れた大学4年間ののち、1980年4月に就職して名古屋にもどると、まだ本山さんがいた。しかも職場のトップが本山さんだった。しかし、オリンピック誘致の行政には閉口した。だから、1981年の市長選挙では竹内義次さんに投票する。そのため、25歳ではじめて投票所にも行った。それから1985年まで、本山さんは市長だった。
牡丹華
Posted by fische on 04/30 at 12:00 AM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
もうおひとかた、竹内良知先生。イリイチ『脱学校の社会』(邦訳)の書評をお願いし、その〆切が夏休みか冬休みか大学の休業中。帰省中のわたくしに好都合ということで、緑区のご自宅まで原稿をいただきにうかがった。という記憶。同じ市内と言っても、当時わたくしにとって、笠寺より南は知らない地域同然で、緑区は地図で知るのみ。父親の運転する車で行った次第。訪問中、父は車のなかで待っていて、そのことを知った先生は「一緒にいらっしゃればよろしいのに」との旨おっしゃった。1991年にご逝去。ご冥福をお祈りします。
霜止出苗
Posted by fische on 04/25 at 02:44 AM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
きのうからのYahooのニュース、ヘッドラインに「京都「池田屋」130年ぶり復活」というのがあり、そういえばあれはどこだっけ、と調べる。
30年前のこと。「ナントカ田屋」のある、京都の中心ではない「ちゅうしょじま」とか「ちゅうしょうじま」とかいう電車の駅を降りて、仏文の山村先生のお宅にうかがった、という、たいそういい加減な記憶。「池田屋」は京都の中心にあるから、これではない。すぐわかった、中書島の寺田屋。このあたりの時代に関心がないこともあって、この始末。
山村先生はお元気でいらっしゃるだろうか。調べてゆくと2007年にお亡くなりになっていた。では、千里のマンションのお宅にうかがったことのある独文の小川先生は?2005年12月30日にお亡くなりになっている。いまのわたくしが、当時の両先生より歳をとってしまっているのだから、無理もないこと。ご冥福をお祈りします。
遠出。
Posted by fische on 03/09 at 04:06 AM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
相模原へゆくときに経由するのが横浜。この町を過ぎゆくとき思う伊藤寿朗さん。相模原ゆきはほぼ鶴田総一郎さん関係。今回もそう。鶴田さんを物象化して実体視の対象を求めた伊藤さん。伊藤さんは’50年代の鶴田さんを流通させて’70年代の自己を流通させた。わたくしたちも、鶴田さん、伊藤さんを語る(流通させる)が、実体視する対象はない。ゆえに、わたくしたちは流通せず。21世紀的、反博物館的。
29日、伊藤さんの祥月命日。19回忌。
無題
Posted by fische on 07/20 at 04:49 AM
(0) Comments •
(0) Trackbacks •
Permalink
狐塚省蔵さんが2006年4月30日に亡くなっていた。1980年代、生前/死後の岡本俊朗さんを介し、濃厚につきあわせてもらった。
| 2010年7月 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| S | M | T | W | T | F | S |
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
Recent Entries
Recent Comments
22 Tag Clouds
Archives
Categories
10 Random Links
Stats
- Viewed 582888 times
- Rendered in 2.4710 seconds