1 Aug 2010

陶器館あるいは舜陶館

Posted by fische on 08/01 at 12:00 AM
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好きじゃなかった、その瀬戸に行ったのは、明治16年にできた「陶器館(舜陶館)」のことを調べるため。そうは言っても、事前調査もよくせぬままのゆきあたりばったり。「こういう組織しない調査は、スリリングで楽しかったりする」とは、知識人や芸術家の詐欺まがいのレトリック。同館のことは前から知っていたものの、くどいようだが瀬戸が好きでなかったため、調べる気も起こらなかったという次第。
当日は月曜日だったので図書館は休みだろうと思い(瀬戸市の図書館が月曜休館でないことはのちに知るところとなる)、市役所ならば市史ぐらいは閲覧できるはずと踏んで最初に向かう。市政情報コーナーで市史の資料編を閲覧、関係する箇所を複写し、つぎに産業課へ行って同館のことをたずねる。若い職員が在席するのみで用を為さず、次なる目標、観光課の所在を聞く。「瀬戸蔵」がそれだと言う。
瀬戸蔵にゆくと、市史の通史編が刊行されたばかり(!!)であること、陶器館の建物が復原されて存すること、などを教えられる。瀬戸蔵から歩いてゆける場所にあるとの由で、次に向かった先が写真の建物。「瀬戸市新世紀工芸館」の施設の一部(展示棟)となっている。傾斜地の狭隘な場所に建てられているため撮影する際の引きがとれず、さらに周囲に高い建物もあって、正面から全容を識るのは困難という立地。もともとは瀬戸蔵が建っている場所の西端あたりにあったため、広い通りと川に面し、往時はそのモダンな容姿が人々の目を惹いたことと思う。賑やかだっただろう。瀬戸蔵の職員は、これを陶器館の建物とわたくしに告げたが、実は大正3年に建てられた二代目で、明治16年の初代ではなかった。ちなみに、初代の東に隣接して二代目は建てられるのであった。
午後の短い時間ながら、だいたいのことはわかった。時間的、地理的な遠近感を得たという意味である。陶器館のことをさらに調査研究するつもりはない。そういうこと――同館の古写真をさがすとか、陳列されていた陶磁器の所在調査とか――は、郷土研究はじめ個別実証主義がになうであろう。当座のわたくしの必要に即したことがらは小文に短く書いて出稿したところで、9月末には活字になる予定。
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categories: town & city • tags: 瀬戸市 陶器館 舜陶館 瀬戸蔵 新世紀工芸館

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