9 6月 2011

知多逍遥遊

Posted by fische on 06/09 at 02:36 AM

  • 鯛のあら炊き、しかもカマの美味しいことを知る。家庭で作れるだろうか。
  • 子どものころ、海水浴にゆく途中に通った「小鈴谷」の地にあった暗く深い谷のような場所と船の形のビルの、現在を教えてもらう。わたしが大きくなったためか谷の深さは減じ明るくなっていたが、船のビルは廃墟のようにしてそこにあった。もう一度行こう!
  • 子どものとき、字面から「こすずだに」と呼んでいた「小鈴谷」を「こすがや」と言えるようになる。「ひぶみだに」だった「碑文谷」が「ひもんや」と言えるようになったのと同じように。もうひとつ、幼稚園、小学生の頃、市電の行き先を示す前面のプレート「大曽根」が「大冒根」に見えて、「だいぼうね」と呼んでいたこともあった。「おおぞね」と言えるようになってもなお、「だいぼうね」の音が心をよぎり、何のことだったかと記憶をたどることが長らくあった。
  • 鬼崎の海苔の美味しいことを北海道に行ってから知ったが、おなじ常滑の小鈴谷の海苔も美味しいとのことで、漁協の直売で買う。貧しても海苔とお茶はよいものを、美味しいものを、というのが母の文化だった。
  • 動物園の喧噪に対し、植物園の静寂を思う。動物園は娯楽からの牽引力を強く受け、植物園は学問からの牽引力を受けてきた、という意味。ふと、このことを口にして、それを聞いた、植物園園長をお父上にもつ、動物園の元学芸員氏が一瞬不思議そうなお顔をされたように見えた。
  • 木造三階建ての、現役の建物を見た。古そうな建物、コンクリート芸術とわたしが呼ぶ橋の欄干、親柱もたくさん。もっともっと行こう!
  • 知多半島は、大きく変わることなく、やわらかな地形を広げていた。

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