28 7月 2005

名古屋市電が走った街 今昔

Posted by fische on 07/28 at 09:28 PM

スーパーの本屋に、いわゆる鉄道ファン、鉄道マニア向けの排架で平積みしてあった本。サブタイトル「電車道はデザイン都市に変貌定点対比30年」の「デザイン都市」は死語的でいまいちだが、刊行年1999年とそれ以前の景観の対比は面白い。厳密には「定点」でないものの、「定点」への作者のこだわりは理解できる。
そして、被写体たる市電以上にその周囲の景観とは、私が小学生として、中学生として、あるいは高校生として通っていたり遊んでいた街なのだ。確かに私はそこにいたはずで、しかしそこにいた私がいまはそこにはおらず、写真のこちら側にいてわたしのいないそこを見ている。そこは記憶にありいまにひと続きになっている街である。
例えば那古野町の伊信ビル。この名前は知らなかった。むしろ名前も場所も間違って憶えていた。が、幼稚園児から小学生の頃、いつもわたしの生活圏に見えたビル。偶々先日この付近を歩いてみたがもうこのビルはなかった。モダニズムのビル。円い窓が印象的だった。1999年には存在していたようだから、この6 年ほどの間になくなってしまったことになる。記憶とは後になって気づくもので、それをあらかじめどこかに何かに埋め込むことはできない。よい記憶であれ悪い記憶であれ、気づかれるまでそこに冷たく静かにたたずんでいるだけであり、記憶は戦略や戦術にはなり得ない。(「記憶」論者はこのことを知るべきである。)
それにしても、昔の名古屋の街はきれいだった(ように見える)。それに対しいまのは街は暴力的だ。「デザイン」の別の謂いのように感じる。
もうひとつ、柳橋のガーデンビルのみならず、その隣の昭和ビルも現存だ。撮影年は1971年1月10日。ということはわたしは中学2年で、考古学なるものに接した頃。このビル1階の書店に行くようになるのはもうすこししてからだが(『スター・カー』はもうあったのだろうか)、この景色はいたってリアルなのだ。
もっとあるが、あらためて。

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