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カテゴリー: miscellaneous

続続・プレイスカルプチャー

あるいは、白セメントというのが寒水石の粉末のことを意味していて、鉄骨を設けコンクリートのように塑造したことも考えたが、園のホームページには作者が「自ら大きな石を持ち込まれて園内で制作され」たとあるため、この可能性はない。

鉄骨とコンクリートで作られたものであれば、50年以上経過すればもっと傷んでいてよく、補修のあともあるだろう。8年前に訪れたとき、そうした気配は一切なく、ひんやりとした手触りもむかしのままだった。

なにかの事情があって、寒水石と書かれなかったのかもしれない。

なお、このプレイスカルプチャーの現在地は、最初に置かれた場所から移動されている。

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続・プレイスカルプチャー


プレイスカルプチャーの材料について、園のホームページには寒水石を用いたとあったが、ここでは「鉄骨、白セメント製、ビニール塗料ぬり(1) 」とある。どういうことだろう──。

プレイスカルプチャーを設置した1959年当時の職員はまだいただろうし、なによりも浅野園長先生の在任中で、この本の著者でもあるため、誤記や情報の混乱とは考えにくい。

このうち「ビニール塗料ぬり(2) 」は納得されるところで、この寒水石が彫刻できる石だったということは、風化も容易であろうから、コーティングしたことの意と思われる。感触はぬめっとして、石のそれではなかった。

  1. 玉越三朗監修・浅野寿美子著『幼稚園教育要領に即した新教育課程・指導計画の作り方とその実際──日案を基礎として──』、株式会社フレーベル館、1966年7月25日、272ページ。 []
  2. 同前。 []
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旅人くん

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ふと…。 永島慎二「旅人くん」のコーヒーカップ。コーヒー専門店ぽえむで売っていた。入手したのは1970年代前半。当時、栄の錦三、星ヶ丘、名駅の地下にぽえむはあって、星ヶ丘は授業をさぼってゆく店、名駅地下は都ホテルの方にゆく途中の階段にこしらえた店で、いずれも落ち着いて喫茶していなかったと思うので、栄で買ったはず。 あるとき、この店にアキくんと行き、ふと隣席を見ると大前がいた。在学中は往き来があったものの、そのときは疎遠になっていたので、三人ともしらーっとした感じであいさつしたことを憶えている。1974か1975年のこと。彼が交通事故で顔に大怪我したあとで、別人のようだった。 底の人物は、永島慎二「黄色い涙」に登場する喫茶店ぽえむのマスター。 口縁部に小さなフィッシャーを作り、がっかりしてからは使わなくなり、窓台に置いてある。

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ハッピーハロウィン

ハロウィンのスノードーム。入手して30年めの30歳。中の水は減り、色も褪せてしまって…。プライスタグに、©DISNEY、$350+TX。MAID IN CHINAのシール。

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クリーム色OKフールス紙のノート

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急遽3時に人と会うことになる。お昼12時頃のこと。まだ時間があるので、それならばと懸案を片付けるべく早めに家を出る。 #ツバメノート が #OKフールス紙 の使用をやめたことを、去年知った。通販で注文して届いたノートの紙が違うのである。フールス紙ではあるのだがOKフールス紙ではない。ツバメノートに電話してたずねると変えたとの由。紙質としてはより良くなったと言うが、私はクリーム色のOKフールス紙を気に入って来た。 OKフールス紙のメーカー連絡先を教えてもらい、電話した。ひとしきり話したあと、OKフールス紙を使っているノートの有無を問うた。すると大学生協のノートがそれで、国立大学の生協であれば置いてあるだろうとのこと。礼を言って、機会を待った。 住んでいる町に国立大学はなく、50km離れた隣町に工業大学があるものの、冬季に出かけるのははばかられた。また、問い合わせると、世の通販で扱われているツバメノートは、すでに新版に変わってしまっていた。 そしてきょう、地下鉄駅のある国立大学に寄った。生協は南部、北部、二つあると、駅でたずねた学生が教えてくれた。(キャンパスが広いんだ…。マーケットが大きいんだ…。)地理に不案内でないほうに向かうと、購買部はすぐにわかり5冊購入。あっけなかった。ついでに同じ建物にある食堂で昼食。ざる蕎麦313円。 かくして一件目の所用を済ませ、地下鉄に乗り目的の駅に向かうが、約束の時間には1時間ほどある。二駅前で降りて地下鉄運賃を節約し、ビル街を歩く。少し桑名町通を進んだ。32度くらいだったのかな。日陰がなくて、暑かった。灼けるよう、燃えるよう、ではなかったけれど。 新しいOKフールス紙に丸いエンブレム様の透かしがないのを見て、思い出した。あるとき昔からの機械が壊れて、そのタイプの紙が作れなくなったと、メーカーの人が言っていたことを。「丸い透かしの入ったOKフールス紙のノートは貴重ですよ」とも。いまは縞模様のみ。 左:ツバメノートの旧版、右:大学生協ノート

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