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カテゴリー: literacy

冬の日


十二月四日
古書届く冬の日著者の御命日

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23年前の本

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押切堂書店

押切堂書店がなくなっていた。

2009年2月13日の記事「遺跡、書店、書皮」を書いたあと、なんどかその前を通っていながら気づかなかった。あるとばかり思っていた。

おととい、Google マップに見つからなかったので検索すると、ある人の、2013年4月24日付のブログに、なくなったことが書かれてあった。

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美篶刈る信濃

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女流、女史、閨秀

アイルランドでおこなわれた人工中絶合法化の是非を問う国民投票は、圧倒的多数で是とされたとの由。很好!

封建遺制は各国にあるが、果たして遺制なのか?と思う。アメリカ合衆国の「 #metoo 」運動は、その国その人民における封建制の証左であろう。その国、その人民はたいそう酷くて、いまなお南北戦争の時代を生きている。

わが国は封建国家である。せいぜい、封建的民主国家、民主的封建国家と言ったところか。制度の問題を言いたいのではない。制度を支える民衆の様式、民俗文化がそうなのだ。

「女流」「女史」を使うリベラルな人がいる。が、ちょっと考えてもみればわかることで、「男流」「男史」はない。「女流」「女史」とは、声高に言うまでもなく男性社会、男尊女卑の用語なのである。(と言うと、いろいろ弁明が発明されるだろう。男の。あるいはマチズモの。)

「閨秀」にいたっては酷くて、「閨秀」は一義たる「学問や芸術に特にすぐれた女性」でよさそうに聞こえるものの、用字をたどると「閨」は、一に「後宮。婦人の寝室。夫婦仲に関すること」、二に「婦人のことをいう。女流」とな。二は第二義だから、第一義は「後宮、婦人の寝室…」にあるわけで、その秀でたものを「閨秀」と言う次第。これに対応する男性の語はある?

ジェンダー(学、論)のお人たちは、きっと言っていることと思うし、むかしから言われているに違いない。でなきゃおかしい。おかしくてもおかしくなくても、私たちは絶望的に、封建的「いまここ」を生きているのである。

注)語意はネットで検索したものです。いちいち出典を明記しませんが、ご不審でしたら検索して下さいませ。

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